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アロマフローラ   

aromaflora.exblog.jp

アロマセラピストでありクリスタルヒーラーでもあるとんちゃんのアロマな暮らし

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お客様

お客様があると嬉しい♪
一昨日から、東京の友人家族(ママ・息子二人)が春休みという事で遊びにきてくれたのだ。
一年ぶりの再会ということで、子供たちまでもがとても楽しみにしていた。

韓国人ママの集まりに一緒に参加したり、チャンドックン(宮)を見学しに行ったりもした。
韓国を知るには、人と話すのが一番。
友人は一生懸命会話してたよ。

今日はとても楽しみにしていた板門店の見学ツアーだった。
板門店は、北朝鮮との境界にある、非武装区域の事だ。
そこでは、ちょこっとだが、北朝鮮にも足を踏み入れる事ができる。(もちろん軍人さんの監視付き)
そして、もちろん北朝鮮側の軍人さんが、こちらをしっかり監視されていらっしゃるのも見える。
こんな緊張感漂うツアーへの参加は初めてだった。
外人国籍の人しか参加できないツアーで、私達は日本人ばかりの観光バスで、ガイドさんが詳しく歴史も教えてくださる。
とても勉強になったし、韓国に行かれる方は一度は参加されたらいいと思う。(ミョンドンのロッテホテルでツアー開催されてます)

バスで走っても1時間強、国境までの近さに改めて気付かされる。
そして非武装区域入り口で、鉄砲を背中に担いだ軍人さんがバスに搭乗されパスポートや服装チェック。
そこで、わが息子と娘の服装が不可だと判断されてしまったのだ。。。。
トレーニングウェアーは不可だと聞いていたが、まさかポリエステル生地のズボンがトレーニングウェアーと判断されるとは。。。。一生の不覚。
ツアーの方があわてて飛んできて「大人用のスカートならございますので、すみやかにはかせてください。」とのこと。
えー、げんちゃんもスカート????(よっぽどその方が怪しいやろー)とつっこみを入れたくなるが、軍人さんは真顔で、「それなら、よし。」と次へ進んでいった。
軍人さんの言う事に従う事と注意されていたので、黙って従うことに。。。
しかし、あまりにも哀れと思ったのか、ツアーの方が大人用のズボンを持ってきて、うまく巻き込んで、(見た目はもんぺのようになったが)はかせてくれたのだった。
娘は、黒いロングスカート・・・・これまた引きずるような姿は、ちょっと笑えた。(しかし、軍人さんは決して笑わない)
拳銃を背負った軍人さんに厳しくチェックされ、ますます緊張感漂うわれわれであった。

そして、現地に到着すると、決して不審な動きはしないようにと厳しく注意される。
指をさしたり、小雨が降っていても傘をさすことも許されなかった。
2列に並んで、前との間隔をあけず、静々と進んでいくのだ。(久しぶりに小学生にでもなった気分だ)
この全てを写真に残しておきたかったが、もちろん写真をとっていい場所と時間は、限られていた。

「ここで何が起こっても、保障しません」というような文章にサインをさせられてから、スライドショーとともに、簡単な歴史と、板門店の意味、起こった悲惨な出来事などを説明された。
一度ロシア人が北から亡命してきたときには、すぐ目の前の池の周りで銃撃戦となり、血の池となったことや、視界をさえぎるからと木を切っていたら、北の軍人がやめろといい、言う事を聞かずに切っていて、これまた2名が殺害され、戦争一歩手前まで行った話など。
ますます緊張感であった。
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微動だにしない軍人さんは、半身を建物に隠し、半身を出して北を監視していた。いつ銃撃戦になっても大丈夫な姿勢で3時間動いちゃだめなんだそうだ。
本当に動かないで私達を目だけで監視されていた。
そしてガイドさんが、「人形じゃないですからねー。でも写真を一緒にとってもいいですよー。ただし、後ろを通ったり、前を通ったりしてはいけません。そこのドアから一歩飛び出したら、亡命とみなされますからね。注意してください!」と支持されたので、ようやく写真をとったりできたのだった。
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展望台では、北朝鮮の山々が見え、そして一つの村も見える。
その村は宣伝村といって、今は人が住んでいないそうだ。
唯一つ大きな大きな国旗が高くそびえているのが見える。
こちら側には韓国の国旗がそびえている。
お互いに高く高く競争しあって、今は北側の勝ちで、ギネスにものっているらしい。
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1000万もの離散家族がいらっしゃり、連絡はもちろん、消息さえわからないという現実。
同じ国が真っ二つに分けられてしまった事実をまのあたりにして、私も深く感じるものがあった。
自ら望んでそうなったのではなく、国連軍各国の持つ微妙な思い、もくろみと、皮肉なタイミングに、60年近くも違う思想に育ってしまった南と北側。
許しあい、愛し合い、また一つになれる日が来ます様にと願わずにはいられない。

世界で一番、地雷の多い国はアフガニスタンだそうだ。
そして世界で一番、地雷の埋めてある密度の濃い地帯が、この非武装地域だそうだ。

朝鮮半島は、ユーラシア大陸の一部なのに、どうも大陸に住んでいるという気がしないのは、この超えられないラインのせいだと思うが、そう遠くない未来には、列車がシベリア鉄道と繋がる予定だそうだ。
このまま友好関係がつづき、それがかなうといいなーと思う。

離散家族の一人である、ハラボジの話を聞いた後に行ったので、ますますリアルに実感できた体験であった。
ハラボジの生まれ故郷、開城(ケソン)は、38度線よりも南側であったにも関わらず、停戦の時に北側に占領されたままだったので、今も北側にある。
ある朝目覚めたら、戦車がたくさん入ってきて、数時間の銃撃戦の後、あっというまに占領されたそうだ。以来、北のまま。
もう2度と戻れないというその地の方角を、目をこらして一生懸命眺めてきた。
そこには、今もハラボジの母様と兄弟たちが生きているのか死んでいるのかさえわからないけれども、どうか幸せでありますように・・・と願う気持ちでいっぱいだ。
by tonchanwakuwaku | 2008-03-29 09:31

by tonchanwakuwaku